広島高等裁判所 昭和41年(う)108号 判決 1966年7月19日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
原審竝びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
弁護人村岡清の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書竝びに控訴趣意書(第二回)及び控訴趣意書(第三回)記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
論旨第一、原判決には採証法則違反竝びに事実誤認があるとの主張について≪省略≫
論旨第二、原判決は被告人を二重に処罰した違法があるとの主張について。
所論は、要するに被告人は昭和四〇年五月三日「福本俊男、ハンセン軍曹と共謀して、日本人にピストルを譲渡せんことを企て、昭和三九年九月岩国市において米海兵隊所属ハンセン軍曹に一五丁のピストルの所持を移転した」として、岩国基地内米軍特別軍事裁判所に起訴され、審理の結果昭和四〇年七月二一日無罪の判決を受け、該判決はその頃確定した。
しかして、正当な手続により行使された米軍事裁判所の裁判は、裁判としての効果を被告人に対して有する以上、一事不再理の原則は被告人に対しても適用されるべきであり、従って、原判決は被告人に対し同一事実につき二重に裁判をした違法があると主張する。
しかしながら、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域竝びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年六月二三日条約第七号、以下単に協定という)第一七条第八項によれば「被告人となった者が本条の規定に従って日本国の当局又は合衆国の軍当局のいずれかにより裁判を受けた場合において、無罪の判決を受けたとき又は有罪の判決を受けて服役しているとき、服役したとき……は、他方の国の当局は、日本国の領域内において同一の犯罪について重ねてその者を裁判してはならない。」旨規定されているところ、右米軍事裁判で審理の対象となった事実と原判示犯罪事実とは、基本的事実関係において同一であると解されるけれども、同条第三項(b)によれば、日本国の当局と合衆国の軍当局とが共に裁判権を行使する権利を有する場合、すなわち裁判権を行使する権利が競合するときは、同項(a)に定める罪以外の罪については、日本国の当局が第一次の裁判権を有することになっているので、本件については右規定に照し日本国裁判所が第一次の裁判権を有することが明らかであり、しかも日本国が同項(c)に定める規定により自己の裁判権を放棄してこれをアメリカ軍当局に移譲した事実の認められない本件においては、当然日本国裁判所が第一次の裁判権を有しているのであるから、米軍事裁判所が日本国裁判所の裁判を差置いて所論の如く前記事実につき無罪の裁判をなし、該裁判が確定したからといって、右裁判は前記協定第一七条の規定に従ってなされた裁判ということはできず、従ってこれにより同条第八項に基づき日本国の当局が本件につき被告人に対する裁判権を行使できなくなったと解すべきではない。よって、原裁判所が本件公訴事実につき審判したことは、一事不再理の原則に違背するものではないから論旨は理由がない。
論旨第三、量刑不当の主張について。
所論は、原判決の量刑不当を主張するものである。
しかしながら、記録竝びに当審における事実取調べの結果に徴して認められる本件犯行の動機、罪質、態様ことに原判示多量の拳銃が結果的には国内の暴力団員の手に流出したことが窺えるし、そのため社会に与えた不安、恐怖は軽視し得ず、しかもこれを販売して自己の物慾を満たすため国外から搬入して本件所持に及んだ被告人の責任は重大であり、原判決の量刑は一応首肯できないこともない。
しかしながら、アメリカ合衆国憲法修正第二条によれば、アメリカ合衆国においては銃器所持自由の原則が認められており、わが国の如く銃器所持について厳格な規制はされていないのであるから、米国人とくに軍人である被告人としては、日本国内における銃器の所持につきさほど犯罪意識が強かったものとはいえず、日本国内において銃器所持等につき厳重な取締り竝びに処罰が行われていることを知っていても、日本国民に比し反規範意識の程度において薄弱な点があったことは、否めないところであって、量刑上これを考慮の外に置くことは妥当でない。
してみれば、弁護人所論の他の米国駐留軍人に対する本件と同種犯罪に対する量刑竝びに本件犯行の主犯と認められるジョン・ビー・ハンセンに対する量刑との権衡を考慮し、前記合衆国憲法修正第二条に定める銃器所持自由の原則の認められているアメリカの国民感情その他所論の被告人が実刑に処せられれば退職金、恩給に相当する利益を失うこと等諸般の事情を参酌して判断すると、実刑の裁判は免れないとしても原判決の量刑は重きに過ぎ、破棄を免れない。論旨は理由がある。
よって、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。
原判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は昭和四〇年法律第四七号銃砲刀剣類所持等取締法附則第五項により、同法改正前の銃砲刀剣類等所持取締法第三条第一項、第三一条第一号に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で前記説示の諸般の事情を考量して被告人を懲役一年に処し、原審竝びに当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 福地寿三 田辺博介)